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井上織衣:Germs 展

井上織衣のアートは、この世界を問いかける。その真実を。彼女の作品は、私たちの感覚や認識によって、作品自身の意味を掘り下げていく。その本質を探り、 この世界での私たちの役割について疑問を投げかける。私たちが生態系に大きな影響力を持つことを明確に記憶に留めながら、強固にもまた儚くもなりうる現実と我々との間にどのようなフィジカルなリンクが存在しうるか問いを呈する。
環境との純粋な関係性を緻密に探求したこれらの作品は、自然と超自然の現象を喚起し、宇宙、あるいは微生物、惑星、銀河、細胞、波動などのセンシティブな秘密を明らかにする。 足元の植物を裸足でそっと撫でるヴィーナスのように、心の奥に秘めた触れることのできないゲニウス・ロキ (1) に張られた糸によって、あるいは、作られた野生、美化された大宇宙(マクロコスモス)、想像の生き物たち、具体化した小宇宙(ミクロコスモス)、これらがもつ特別な世界の中に張られた糸によって、私たちは導かれる。
次々と提示される、1滴の露、雨のように降り注ぐ花びら、苔、星、原子、神聖な山々の頂、木々の枝葉、鳥、蟻、蜘蛛の巣、哲学者が幾千の文字を記した古い紙、消えかかったインク。鳥のさえずりや波のとどろき。肉体、大理石、そして花。 「私は、自然のマテリアルを最も頻繁に用います。取るに足らない、だけど興味を注ぐに値するもの、例えば種など。ささやかで繊細で、それでいて命の源としての可能性を秘め、この世界が永遠であることのシンボルともなりうるのです」とアーティストは説明する。そして「動物や昆虫の擬態、だまし絵、パレイドリア (2) 、あるいは錯覚。他者の中にこれらを呼び起こすような幻想を造ることで、私は『見えないもの』を形にし、現実についてより深く考えてもらえるよう、目に映り感じ取れるようにしました。」
魅惑的な言葉が語られている。存在と物質の消えゆく言葉の調和。生命のつぶやきはほとんど耳には届かない。何しろ気候変動や人新世の新たなテクノロジーから生じる、心を乱すような騒音によって、つぶやきの声はかき消されているからだ。その中で井上織衣の作品は、私たちが予期しない、もはや期待すらしていない、理想の象徴的な展望について私たちの目を開かせてくれる。アーティストは「想像力のプリズムを通して、世界の多様な面に意味を持たせることにより、私たちが、自身の内なる宇宙へと導く原始的な知覚を取り戻し、自然、そして生命と再びつながり得ることを私は願っています」と語る。
愛のそよ風は、闇の中、通り過ぎる。

© Pascale Geoffrois
個展「Germs」プレゼンテーションテキスト、2018年
翻訳:Akinori Kumamoto

 

(1) ゲニウス・ロキ:ローマ神話における土地の守護精霊。地霊と訳される。蛇の姿で描かれることが多い。欧米での現代的用法では、「土の雰囲気」や「土地柄」を意味する。
(2) パレイドリア:普段からよく知ったパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず心に思い浮かべる現象

 

 

 

 

 

井上織衣の付喪神

付喪神とは、100年もの年月を経た古道具が、廃棄の憂き目に怒り、突如物の怪を型取り現れるという、日本の神道文化に由来する存在である。元の道具の形(傘や下駄、提灯など)を残したまま、脚や目などを見せつけ、生きた人間にいたずらをしにくるのだ。
井上織衣の作品は、このような思いもよらぬ力を与えられた存在のようであり、生を宿した作品となっている。これは、このアーティストが新しいシリーズの中で付喪神にインスピレーションを受けているからだけでなく、彼女の作品全てに、生命の小さな発顕の中にこそある生きることの秘宝を採集し、増幅させ、変身させたいという願いが貫かれているからである。
現在、このアーティストは、古い楽譜を集めている。楽曲のタイトルに注目すると、それらが、例えば若き少女に捧げられた古の恋物語のように、古い戸棚の奥に積み重ねられていたような昔めいた楽曲であることがわかる(La Jeune montagnarde, Belle pour lui, Jeune fille à quinze ans)。
井上織衣は、それらの楽譜に変身の過程を施す。五線譜や音符の一部をかき削り、紙のすり減り具合を強調させ、その新たな形状が生命を得るようにしている。コットンの糸によりデッサンを施され、五線譜は、ハエの飛び方を真似するように、急降下し、音符と音符の間をジグザグに進み、不思議な曲折をたどっていく。アーティストが最も好きなマチエールだという種が、音符の代わりに付けられており、まるで紙の表面から気泡が浮かび上がっているようにも見え、炭化した色合いは「千と千尋の神隠し」に出てくる丸いおどけたススの生き物を思い起こさせる。 気まぐれで遊び好きな糸と種は、楽譜を使えないものにしているが、私たちの今日の世界において、新しい意味を与えてもいる。すなわち、規律に内在する障壁が取り除かれ、文化の混合が進む今の世界の特徴を捉えているのだ。そのため、井上織衣の作品が神道の考えを含むと見るならば、同様にポップカルチャーやユーモア、不調和、不自然さも含んでいると言える。心配り、丹念さ、遊び、自由な魂、空想。このような言葉が作品を定義づけている。
綿密さを携える作品は慎み深くもあるが、音楽がそうであるように、それにより、作品が我々に対し持ちうるインパクト、さらに言えば作品によって我々に開かれた空間が矮小してしまうようなことはない。彼女の作品は、作品の間にある何かを結ぶ見えない糸の存在に我々の視線を向けさせ、捉えどころのない音に耳を傾けさせ、目に見えないものに触れさせる。このごく小さな領域の中でこそ、無機な物体に命が宿るのである。

© Anne Malherbe
Occhiata Studio「作品との出会い」掲載記事、2018年6月
翻訳:Akinori Kumamoto

 

 

 

 

 

井上織衣:四辺のざわめき展

Galerie Gratadou-Intuitiに展示された井上織衣の作品は、夢想そのものである。作品はドローイングと植物標本、草木と昆虫、さらにはシュルレアリスティックな物語から抜け出した架空の動物たちとあらゆる優美な神々のための万神殿だ。このアーティストは、洗練された観察眼と、研ぎ澄まされた敬意に満ちたアニミストのような世界へのアプローチにより、耽美主義的で純粋なヴィジョンを一層高まった感性へと届けている。
か弱きものから荒く強いものまで含む森羅万象に魂が宿り、あらゆる一片も神聖であるとする神道の文化を引き継ぎ、詩情豊かに響き渡らせている。
日本では無数のものに魂が存在し、植物や葉、石にさえも魂が宿るとされ、それは最も素朴な自然の物質である花びらや種、小枝、樹皮、落ち葉にすら及ぶ。井上織衣はこれらの存在をとらえ、 支持体の上に繊細に構成し、植物を奇妙な、そして超自然的な要素を付与した動物へと象徴的に化身させている。そこでは、小さなものたちに命が宿るのである。
彼女が作り出した生き物たちは、現代のスピリチュアルな寺院を守る精霊のように、いたずら好きかあるいは心優しきもののようであり、命を吹き込む小さなモチーフが加えられていることから、我々がその作品と対峙した際に幻想を作り出し、途端に精霊や神聖なる存在として進化をする。空想のキャラクターたち、そして彼らのごくごく微細なディテールは、謎に満ちた自然が明らかに持つ、時に恐ろしさをも含む力を描く。このディテールこそ、アーティストが私たちに思考を促しているものだ。なぜなら作品の魅力は、必然的に、そのディテールの中にこそ出現しているからである。

© Pascale Geoffrois
個展「四辺のざわめき」プレゼンテーションテキスト、2017年
翻訳:Akinori Kumamoto

 

 

 

 

 

アニミズムが感じられる、内藤礼と井上織衣の展覧会。

パリで開催中の2人の日本人アーティストの展覧会に共通するものを見た。ベネチア・ビエンナーレでのインスタレーションなどで知られる内藤礼と、パリ在住の井上織衣だ。(...) 井上織衣は、本物の木の葉や花びら、枝に布や紙などの素材を合わせて、小さな虫や両生類を作った。土に戻る運命だった植物が、動物に変身してこの世界に残り続ける。植物と動物が種を超えて合体する。動物の目は生きているように愛らしい。小さくても一生懸命に生きている動物への作者の愛情が感じられる。内藤も井上も「アニミズム」とは言っていないが、二人の背景にあるアニミズムの日本が作品から匂い立っている。

© Noriko Hanyu
Ovni(パリの日本語新聞)掲載記事(抜粋)、2017年2月

 

 

 

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